学 歴

聖心女子大学文学部哲学科卒業
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科在籍
TOKYO自民党政経塾(8-10期)

職 歴

(株)マイナビ 就職情報誌編集者
(株)福音館書店   絵本編集者
7年間の専業主婦を経て、2015年より中央区議会議員

資 格

英検準一級、剣道二段 日本舞踊藤間流名取

 

所属委員会2015年〜2019年

・子ども子育て高齢者対策特別委員会委員長
・福祉保健委員会副委員長
・環境建設委員会
・区民文教委員会
・東京オリンピック・パラリンピック対策特別委員会
・築地等地域活性化対策特別委員会→名称変更
・防災等安全対策特別委員会

 1995~2000年

大学卒業後は(株)マイナビ(旧株式会社毎日コミュニケーションズ・千代田区)に勤務しました。
配属先は、大学生のための就職情報誌の編集部。ちょうど就職情報が紙媒体からインターネット媒体に変化を遂げる過渡期でした。

―当時、中央区の定住人口は7万人台でしたー

1990年代は、地球環境問題を契機に、どの企業もCSR「企業活動で社会に与えた影響に対応する」という考え方が浸透していました。
(株)マイナビでは、年間80社の企業取材を担当し、当時7万人しかなかった中央区における再開発ビジョンをお聞きし、これからの中央区は熱くなると予測していました。

中央区に高層集合住宅と保育園、スーパーマーケット、レストラン街などを再開発により整備するという構想を企業取材でお伺いし、燃えました。

・・・その再開発のビジョンを聞くとすぐに、再び日本橋に戻ろうと決意。

27歳で35年ローンのマンションを日本橋浜町に購入。ワクワクしました。

小さい頃の日本橋の記憶をたどると、自宅の2階から望む景色は長屋が寄り添って建ち並び、お隣と我が家という意識もなく、お互いが助け合いながら生活していました。

夏は特に、大川端と呼ばれる隅田川から潮風が漂い、盆踊りや花火大会がベランダから見えました。ところが、2000年に再び戻ることとなった故郷は、超高層マンションが建ち並び、長屋も空き地も消失し、多くの新住民が暮らす先端都市へと変貌していました。

その反面、古くからの住民と新住民の間には隔たりが生じはじめ、町内会を中心としたコミュニティが消失し、ごく限られた人々により運営されているのみとなっていました。この頃より、日本橋を始め中央区全体における地域コミュニティへの危機感を持ち始めました。

 2000~2007年

(株)マイナビでの仕事に未練を感じながらも、長年の夢であった絵本を作るために、(株)福音館書店に転職しました。
配属先は『たくさんのふしぎ』という科学をテーマにした月刊誌の編集部です。

以降、私は絵本編集者に転身しました。

絵本編集者という仕事は、趣味であった「読み聞かせ」をライフワークとしたきっかけでもあり、子育て世代の「地域コミュニティ」と「読み聞かせ」という点と点を線でつなげることができたきっかけでもありました。

私はさっそく、職場で得た専門的な絵本の知識をもとに、地元日本橋においては、中央区社会教育会館の協力を得て、絵本の読み聞かせを行うボランティア団体を作り、絵本を通じたコミュニティを作りました。

当時、中央区の人口はちょうど10万人を超えた時期であったため、新住民が中心となった読み聞かせボランティア団体でしたが、町会などの古くからのコミュニティと共に行動をすることは困難でした。

地元町会は平均年齢が70歳くらいでした。

どうしても子育て世代との繋がりが希薄になってしまうことが課題であったのを覚えています。

この頃から、新旧のコミュニティをつなげることに対し関心を持ち始めたのです。

この問題意識はやがて危機感に変化し、平成31年春より、慶應義塾大学院に在籍し「都心部コミュニティ」について専門的な研究を進めます。

その後2004年に結婚、2005年に出産を経て、子育てに専念するために専業主婦になりました。

これがまた大変でした。専業主婦と子育ての仕事は際限なく、本当に忙しい。

お母さんがこんなに忙しいということを初めて知りました。

地下鉄のエレベーター、保育園、公園デビュー、上下水道、ゴミ出し・・・etc.

これらすべてに行政が少なからず関連し、行政の予算はすべて議会を通じて承認され、執行されます。

議会とはまさしく政治ですから、日常生活というのは、少なからず政治が関与している。

些細なことですが、子育てを通じて意識し、女性が少ない政治の世界について学んでみようと決意し、「TOKYO自民党政経塾」に入塾しました。

深谷隆司先生によると、東京都中央区自民党において、子育てをしている女性議員はまだ一人もいない、とのことでした。

 2008~2014

専業主婦となってからは、日本橋地域において、さまざまな地域コミュニティを作ろうと奔走していました。

中央区行政とともに区内にある花壇の手入れをするボランティアを募集し、まちの美化を通じたコミュニティを形成する試みは、新旧の住民が共に参加し、大きな成果を得たため、現在は「花咲く街角」という施策に年間2000万円の予算が割かれています。

専業主婦となって7年目の夏に、地元の女性や母親たちからの要請を受け、地方議員としてあらたなスタートを切ることとなりました。このときの詳しいお話は「この道しかない ~政治家になるまで~」をご参照くださいね。

地方議員として私が担える職務は、地域全体の「統合」や「安定」を担保していくために条例などの枠組みを通じてその「変革」を促したり、あるいは抑制したりすることです。

そのためにも現場に出て、諸問題に対し現実的に対処することが求められているとともに、法整備や条例、マーケティングなどの学問としての知識も持ち合わせることが極めて重要であり、それ故に現場感覚と、学問的な知識の両輪の必要性を感じる日々です。

まだまだ勉強は続きます。

 2015年~現在

区議会においては、2018年より「子ども子育て特別委員会委員長」として区政に携わっています。

また、「花咲くまちかど」施策、新住民で公立小学校に通う保護者を対象としたバレーボールを通じたコミュニティ形成に従事しており、現在慶應義塾大学院・政策メディア研究科に在籍し、「都心部のコミュニティ形成」について精力的な研究活動を展開しています。

詳しくは「取組と実績」をご参照ください。